大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(う)510号 判決

所論は、要するに、本件は、株式会社雀宮魚菜市場振出名義の約束手形一〇通に関する有価証券偽造、同行使罪を訴因として起訴され、差戻前の第一審及び控訴審における審理を含めて昭和五三年二月六日から約三年四か月にわたつて公判期日を重ね、この間被告人側は右各訴因につき右手形の振出権限の有無にのみ争点を絞り防禦を尽くして来ていたのに、差戻後の第一審の、しかも弁護人による被告人質問だけを残す訴訟の最終段階において検察官から背任罪の予備的訴因の追加請求がなされたものであつて、右請求は、被告人側が長年の防禦活動により築き上げて来た無罪判決獲得の推定的立場を一方的かつ一挙に奪うもので、被告人側の防禦に実質的な著しい不利益を生ぜしめ、ひいては公平な裁判を損う虞れが顕著であるのみならず、被告人に対し将来にわたつて刑事被告人という精神的、経済的に不安定な地位の継続を強いることになるから、刑訴法三一二条の予定する適法な訴因変更の範囲を越えるばかりでなく、当事者主義を採用し迅速な裁判を目的とする刑事裁判において、信義に反しかつ訴訟を遅延させる結果を招来するものであつて、時機に遅れたものであることからも許容されるべきではないことは自明というべきであるのに、原審がこれらの点に意を用いず右請求をたやすく許可したのは右法条等に違反した不当な処分であり、従つて、この点に関し、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある、というのである。

そこで、原審訴訟記録を精査して考察するのに、記録によれば本件において背任罪の予備的訴因が追加されるに至つた経過についてはほぼ所論のいうとおりであることが認められる。ところが、本件の主位的訴因であつて、検察官の当初からの主張にかかる有価証券偽造・同行使の訴因の要旨は、「被告人は、原判決添付の別表一番号1ないし10記載のとおり、昭和五二年六月二四日ころから同年七月四日ころまでの間、前後一〇回にわたり、株式会社トリボン(以下、「トリボン」ともいう。)事務所ほか一か所において、かねて井端時寛から預り所持していた株式会社雀宮魚菜市場(以下「市場」ともいう。)代表取締役吉津谷藤市振出名義で金額欄、支払期日欄空白の約束手形用紙一〇枚の金額欄、支払期日欄に、行使の目的をもつて、ほしいままに、チエツクライター、ゴム印を使用して金額、支払期日を記入し、もつて市場代表取締役吉津谷藤市振出名義の約束手形一〇通をそれぞれ偽造したうえ、トリボン事務所ほか二か所において、沼田泉ほか二名に対し、これらをいずれも真正に成立したもののように装つて交付して行使した。」というものであり、検察官が差戻後の原審第一二回公判において予備的に追加請求し、同第一三回公判において原審がこれを許可した予備的訴因の要旨は、原判決が「罪となるべき事実」として判示するところと同旨であつて、「被告人は、市場専務取締役山崎喜八郎らから、市場が銀行から融資を受けられるよう斡旋方の依頼を受けてこれを承諾するとともに、右融資が受けられるまでの間に市場が必要とする当座の運営資金、手形等決済資金については被告人が調達する旨を約束し、昭和五二年六月下旬ころ、右資金調達の目的のために使用するべく、井端時寛を通じて、振出人欄に市場代表取締役吉津谷藤市の記名押印があるほか金額欄等白地の約束手形(以下、「本件手形」という。)一〇通を受け取り保管中、同市場に提供する資金調達の目的に合致するようこれを使用すべき任務に背き、自己又は他人の利益を図る目的をもつて、原判決添付の別表一番号1ないし10記載のとおり、昭和五二年六月二四日ころから同年七月四日ころまでの間、前後一〇回にわたり、右約束手形一〇通に金額、支払期日等を記入したうえ、割引斡旋を依頼するなどして、沼田泉ほか二名に対し、これを交付し、もつて、市場に対し右手形金額合計二三六五万九〇〇〇円相当額の手形債務を負担させて財産上の損害を加えた。」というものであるところ、右主位的訴因と予備的訴因とを対比すれば明らかなように、いずれの訴因も被告人が行つた市場の約束手形一〇通の金額欄、支払期日欄の記入ないしはその交付に関するものであるうえ、本件の審理は、差戻の前後を通じて、市場側関係者の被告人に対する依頼の趣旨・内容、これに対する被告人の資金調達及び市場への送金の状況、更には、被告人が右手形一〇通を入手した経緯、右手形の使用目的及び使用状況等を中心に進められて来たものであつて、これらの点は主位的訴因のみならず予備的訴因にも共通する争点となつていて、訴因追加前に取り調べられた証拠がそのまま予備的訴因についても共通した証拠となつていて、原審が予備的訴因追加請求を許可した後になつて新たに決定して取調べた証拠は、被告人質問のほかには、丸山和雄、山崎喜八郎に対する各補充的な証人尋問と若干の証拠書類及び証拠物に過ぎず、従つて、本件の場合は、追加された予備的訴因に対する検察官の立証及びそれに対する被告人側の防禦のために更に多数回の開廷を要する場合とか、被告人において新たに十分な証拠収集活動を余儀なくされるなど、被告人側に著しく大きな負担を強い、ひいては訴訟を甚だしく遅延させる場合等とは異なり、右予備的訴因の追加によつて実質的にみて、被告人側が不意打ちを受けるとか、防禦のために新たに過大な努力を強いられるとかいうような、格別の不利益を蒙るものではないことが明らかであるとともに、前示事情に加えて、本件事案の内容、審理期間及び審理経過等にも徴すると、右訴因追加請求が所論のいうように迅速裁判の目的に背馳して信義に反し、かつ訴訟遅延を招来する時機に遅れた申立として排斥すべき理由も認められないから、本件予備的訴因の追加請求を許可した原審の訴訟手続には、刑訴法三一二条を始め所論のいうような法令の違反は毫も存在しないというべきである。

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